先月行われた衆議院東京15区の補欠選挙で、政治団体「つばさの党」の陣営が拡声機などを使ってほかの陣営の演説が聞き取れないようにして、選挙活動を妨害したとして、警視庁は、選挙に立候補した団体の幹事長や代表ら3人を公職選挙法違反の疑いで逮捕しました。
逮捕されたのは政治団体「つばさの党」の幹事長で、選挙に立候補した根本良輔容疑者(29)と代表の黒川敦彦容疑者(45)、それに、運動員の杉田勇人容疑者(39)の3人です。
警視庁によりますと、衆議院東京15区の補欠選挙で、告示日の先月16日に、ほかの陣営の候補者が演説をしていたJR亀戸駅前で、電話ボックスの上に座るなどして拡声機でどなったり、車のクラクションを鳴らしたりして、候補者の演説が聞き取れないようにしたとして、公職選挙法の「選挙の自由妨害」の疑いがもたれています。
警視庁は今月13日に、団体の事務所や容疑者らの自宅を一斉に捜索するとともに、ほかの陣営からの被害届を受理して聞き取りを行うなどして捜査してきました。
根本幹事長らは、ほかの陣営の選挙カーを追い回すなどの妨害行為も繰り返していたということで、警視庁は「特別捜査本部」を設置し、全容の解明を進めることにしています。
警視庁によりますと、選挙に立候補していた陣営がほかの陣営の選挙活動を妨害したとして候補者らが逮捕されるのは極めて異例だということです。
警視庁は認否を明らかにしていませんが、黒川代表は捜索を受けた際、「我々の行動が選挙妨害になった判例および法的事実はないので、表現の自由のなかで適法なことをやっていると理解している」などと反論していました。
黒川敦彦代表 根本良輔幹事長とは
政治団体「つばさの党」の代表の黒川代表は、大学を卒業後、医療系のベンチャー企業を立ち上げるなどしたあと、出身地の愛媛県今治市で、加計学園をめぐる問題を追及する市民団体の共同代表を務めました。
選挙には、2017年に衆議院山口4区に初めて立候補したあと、これまでに、参議院選挙や東京・町田市の市長選挙に立候補し、いずれも落選しています。
2019年に政治団体「オリーブの木」を設立して代表に就任し、2021年に名称を「つばさの党」に変更してからも代表を務めています。
幹事長の根本幹事長はIT関連会社を経営しています。
3年前の2021年に東京都議会選挙の葛飾区選挙区に「つばさの党」から立候補し、落選しました。
その後、幹事長に就任し、今回の衆議院東京15区補欠選挙では1110票を得ましたが、最下位で落選していました。
「選挙の自由妨害罪」とは
公職選挙法では選挙の公正や候補者間の平等を確保するため、225条で「選挙の自由妨害罪」を定め、演説の妨害行為などを禁止しています。
条文では「交通もしくは集会の便を妨げ、演説を妨害し、選挙の自由を妨害したとき」などと規定されていて、違反すると4年以下の懲役もしくは禁錮、または100万円以下の罰金が科されることになっています。
「演説の妨害」について、昭和23年の最高裁判所の判例では「聴衆が聴き取ることを不可能または困難になる場合は演説の妨害である」などとしています。
また、昭和29年の大阪高等裁判所の判例では「演説の妨害を認識しながら、聴衆が演説内容を聴き取りがたくなるほど、執ように質問などをして演説を一時、中止させることは妨害にあたる」などという判断を示しています。
警視庁は、今月13日に「演説の妨害」と、ほかの陣営の選挙カーを追い回した「交通の妨害」の疑いで団体の事務所などを捜索していて、今回は「演説の妨害」の容疑での逮捕となりました。
難しい対応迫られた警視庁 どう判断したか
「つばさの党」の陣営が選挙期間中「選挙妨害だ」というほかの陣営からの指摘に対して「国民に与えられた表現の自由の範囲内だ」などと主張して行為を繰り返す中、警視庁は難しい対応を迫られていました。
公職選挙法は、選挙の自由妨害罪について「演説を妨害し、選挙の自由を妨害したとき」などと定めていますが、ヤジを飛ばす行為そのものを規制しているわけではなく、拡声機の音量などの規定もありません。
警視庁は拡声機を使って演説したり、車のクラクションを鳴らしたりして選挙の自由を妨害したとして、告示日から2日後の先月18日「つばさの党」の陣営に対し「警告」を出しましたが、ほかの陣営への妨害行為はその後も繰り返されました。
警視庁には「なぜ取り締まれないのか」といった意見や苦情が多く寄せられていたということです。
捜査幹部の1人は取材に対し「表現の自由や選挙の自由がからむため、より慎重な事実認定や法的評価が求められた。ともすれば『公権力の恣意的な行使』と指摘されるリスクもあるため、緻密に違反の事実を裏付けていく必要があり、当時は警告がぎりぎりだった」と振り返ります。
警視庁は、陣営が危険な行為に及んだ場合には、警察官職務執行法に基づき「暴行罪や器物損壊罪で摘発する」と注意を行う対応もとりましたが、陣営は、現場で警察官から注意を受けると、妨害行為をいったん止めたため、実際に摘発されることはありませんでした。
警視庁は今月に入ってからほかの陣営からの被害届の提出を受け、詳しい状況についての聞き取りを進めてきました。
その結果、他陣営の候補者の演説の内容がかき消されるほどの大音量で騒ぎ立てたり、追いかけられた他陣営の関係者が警察署に逃げ込んだりしたケースもあるなど、実際に選挙活動に影響が出ていたことが確認されたということです。
警視庁は、こうした妨害行為が幅広い陣営に対し、長期間、反復継続して行われたことを重く見て今月13日、強制捜査に踏み切り、17日、3人を逮捕しました。
捜査幹部は「選挙のあとも他陣営の候補者や関係者、団体に批判的な意見を述べるタレントなどの自宅に押しかけ、街宣活動を行っていることを確認し、任意の捜査では限界があると判断した」としています。
警視庁は今回の逮捕容疑となった演説の妨害のほか、他陣営の選挙カーを追い回し、交通を妨害した疑いでも捜査しています。
再生回数稼ぐねらいもあったか
「つばさの党」は選挙期間中、ほかの陣営の演説を拡声機などを使って妨害したり、選挙カーで追い回したりする様子を毎日のようにYouTubeで配信していて、再生回数が10万回を超えたものもあります。
陣営は「ほかの候補者に、疑惑について質問することが目的で、国民の不満の声を代弁し、政治家のうそを暴いている」などと話していました。
その一方、配信の中で根本幹事長は「下世話な話をすれば、広告収入が増えている。再生数が半端ではない。爆音でカーチェイスしまくるのが究極の落選運動で、これをビジネスにして広めたい」などとも発言していました。警視庁は、動画の再生回数を稼いだり広告収入を得たりするねらいもあったとみて目的などを捜査しています。
林官房長官「公正・適切に選挙運動を展開する必要」
林官房長官は閣議のあとの記者会見で「選挙は国民が主権者として政治に参加する最も重要かつ基本的な機会で、公正に行われるためには選挙運動は自由に行われなければならない。妨害することはあってはならず、候補者や選挙運動関係者はルールを順守し、公正・適切に選挙運動を展開する必要がある」と述べました。
そのうえで、公職選挙法の改正の必要性について問われ「選挙運動に関する事柄であり、各党・各会派で議論するべきものだ」と述べました。
松本総務相「極めて重大な問題」
松本総務大臣は閣議のあとの記者会見で「選挙が公正に行われるためには、有権者に考え方や政見が伝わることが大事で、そのような環境がもし妨害されているとすれば極めて重大な問題であると考えている。報道などの映像をみるかぎりは、本当に深刻な状況だと感じざるを得ない」と述べました。
そのうえで「公職選挙法の制度の改変については、選挙の自由という極めて重要な案件であり、立法府での政党間の議論を注視したい」と述べました。
自民 森山総務会長「必要があれば各党で議論」
自民党の森山総務会長は記者会見で「選挙は国民が政治に参加する最も重要な機会なので、運動が自由に行われなければならないのは当然だ。今回の逮捕は一線を越えた悪質なものだと判断されたと理解している」と述べました。
その上で「公職選挙法の改正については、必要があれば各党で選挙の自由妨害罪の適用の明確化や罰則強化などが議論されるべきものではないか」と述べました。
立民 泉代表「異常な行動と言わざるをえず」
立憲民主党の泉代表は記者会見で「異常な行動であったと言わざるをえず、選挙の自由を妨害した行為であったと感じている。私も選挙カーを追い回され、残念ながら、こちらがマイクをおろさざるをえないこともあった。大きな声でひたすら他党の候補者を悪く言っていたので、捜査当局も努力したのではないか。捜査の推移を見守っていきたい」と述べました。
また、選挙運動の公正を確保するための法改正について「党内で、法定刑の引き上げやどのような行為が妨害にあたるのかの例示について考えているところだ」と述べました。
公明 石井幹事長「適切な対応がなされた」
公明党の石井幹事長は記者会見で「有権者が十分に候補者の訴えを聴取できなかったのは極めてゆゆしき事態であり、適切な対応がなされた。表現や言論の自由が最大限尊重されるべきなのは言うまでもないが、候補者の主張が有権者に届かないような妨害行為は一定の制約を受けるべきだ。まずは現行法を引き続き適切に運用していくことが重要だが、さらなる必要性があれば法改正も含めて与野党で議論していくべきだ」と述べました。
乙武洋匡氏「有権者の“聞く権利”奪う悪質な行為」
根本幹事長らは、衆議院東京15区の補欠選挙が告示された4月16日にJR亀戸駅前で行われた乙武洋匡 氏の陣営の演説を妨害した疑いが持たれています。
乙武氏は17日、根本幹事長らの逮捕を受けて旧ツイッターのXに「法律ギリギリの範囲を狙って選挙を荒らしまくり、有権者の“聞く権利”を奪う悪質な行為が、今後二度と繰り返されないよう切に願っています」などと投稿しました。
東京都 小池知事「模倣する人たちが出てくる懸念」
乙武洋匡 氏の応援演説を行った東京都の小池知事は記者会見で「都民も憤りを感じている人は多いと思う。候補者も身の危険を感じながらやる選挙は、ほかの国では聞くが日本ではありえない事態だ。公職選挙法では今回のような事態は想定していないと思う」と述べました。
そのうえで「模倣するような人たちが出てくる懸念も残る。民主主義の基本である選挙で、候補者がおびえ、ほかの候補者をおとしめるというようなことが続くと、政治に対しての無関心どころか嫌悪感を深めてしまうのではないかと心配している」と述べました。
東京都選管 リーフレットを作成
東京都選挙管理委員会は、街頭演説の妨害行為は法律で禁止されていることを周知するリーフレットを作成しました。
都の選挙管理委員会によりますとリーフレットは先月行われた衆議院東京15区の補欠選挙で、つばさの党の陣営によってほかの陣営の演説を聞き取れないようにする妨害行為があったいう訴えが相次いだことなどから作成したということです。
この中では、暴行による妨害や、演説の継続を困難とするような妨害は、法律に違反することが説明されています。
都の選挙管理委員会は、ことし7月の都知事選挙の立候補予定者説明会などで配付し、演説の際に有権者や候補者の安全が確保されるよう協力を呼びかけることにしています。
NHKニュースより引用